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金沢地方裁判所 昭和37年(行)8号 判決

原告 山本ソヨ

被告 金沢国税局長 外一名

訴訟代理人 林倫正 外七名

主文

原告の請求をいづれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告は

一、被告金沢国税局長が、原告の昭和三十五年度贈与税課税価額につき、昭和三七年五月二六日なした審査決定はこれを取消す。

二、被告輪島税務署長が、原告の右贈与税課税価額につき昭和三六年五月二十六日なした課税価格税額決定及び再調査決定はいづれもこれを取消す。

三、訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決を求め、被告等指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の請求原因

原告は請求原因として

一、被告輪島税務署長は、昭和三六年五月二六日、原告が昭和三五年中に田、畑、宅地等合計金一四四八、三三一円相当の贈与を受けた旨決定をなし、贈与税額金三一一、九〇〇円の決定をなした。しかし、原告は右贈与の事実がないので右被告輪島税務署長に再調査の申立をしたが棄却された。

二、そこで原告は前記決定につき、被告金沢国税局長に対し、審査の請求をしたところ、同被告は昭和三七年五月二六日、被告輪島税務署長のなした再調査決定を取消し、原告の贈与による取得財産価額を金六一四、六三七円とし、税額金六七、九二〇円とする旨決定し、その通知は同月二七日頃原告方に到達した。

三、しかし、原告は前記贈与をうけたことはない。

原告は終戦まで外地で看護婦として勤務していた当時、勤務によつて得た金員を、原告の父訴外山本三左衛門に送金し、その金員と元来原告が所有していた立木を売却して得た金員によつて、他人所有となつていた本件不動産を買戻したのであつて、本来、当然原告所有名義にすべきところを、訴外山本三左衛門は自己又は原告の母山本きの名義にしたのであつて、これを原告名義に移転したのは贈与ではない。

かりに、右主張が認められないとしても、本件不動産の所有権移転については、訴外山本三左衛門との間で売買契約がなされ、同人に代金一五万円、同人の相続人となり得べき原告の甥訴外山上岩吉に金一〇万円をそれぞれ交付して取得したもので、いづれも売買により所有権移転を受けたものである。さらに、別紙目録記載(三)の不動産については、県知事の所有権移転についての許可は受けているが、未だ原告への所有権移転の登記はなされていないもので、かかるものは課税の対象とすることはできない。

四、よつて、被告らの前記各決定は、いづれも違法であるのでその取消を求めるものである。

第三、被告等の答弁

被告等指定代理人は答弁として

一、原告の請求原因中、第一項、第二項は認める。第三項は争う。

二、被告輪島税務署長が、原告の昭和三五年度における贈与による取得財産価額を金一四四八、三三一円とし、その算出税額を金三一一、九〇〇円と決定した理由及び被告金沢国税局長が、右取得財産価額及び算出税額を、それぞれ金六一四、六三七円及び金六七、九二〇円と決定した理由は、次に述べるとおりである。

(一)  被告輪島税務署長は、資産の異動に関する資料を収集したところ、原告は昭和三五年二月二九日原告の実父訴外山本三左衛門名義の別紙目録(一)記載の山林につき所有権移転登記をし、向年八月五日右同人名義の別紙目録(二)記載の宅地建物につき所有権移転登記をし、また原告の母訴外山本きの(昭和三三年一一月三〇日死亡)名義の別紙目録記載の畑の中、訴外山本三左衛門が相続取得した三分の一の共有持分について、昭和三五年一一月二五日付で石川県知事から所有権移転ならびに取得の許可を受けていることが判明した。

(二)  そこで、被告輪島税務署長は、原告について取得事由を調査した結果、原告が別紙目録(一)(二)(三)記載不動産を、いづれも訴外山本三左衛門から贈与により取得したものであると認め、原告の昭和三五年分贈与税について、昭和三六年五月二六日付をもつて次のとおり決定した。

取得財産価額  金一四四八、三三一円

基礎控除    金 二〇〇、〇〇〇円

差引課税価格  金一二四八、三〇〇円

算出税額    金 三一一、九〇〇円

無申告加算税額 金  六二、二〇〇円

(三)  原告は被告輪島税務署長に対し、昭和三六年六月二四日付をもつて贈与を受けた事実はないという理由で、右決定処分の取消を求める再調査請求書を提出したが、棄却されたので、被告金沢国税局長に対し、昭和三六年九月二二日付をもつて審査請求書を提出した。

(四)  被告金沢国税局長は、右審査請求に対し、審査したところ、原処分は、取得財産の価額を過大に評価していることが判明したので、昭和三七年五月二六日次のとおり原処分の一部を取消す旨の審査決定をして、同日原告に通知した。

取得財産の価額 金 六一四、六三七円

(内訳)

宅地      金  六五、八八四円

建物      金  九五、四〇〇円

田       金 四四八、二三九円

畑       金  一一、九六八円

山林      金 一四八、九二〇円

立木      金  九四、二二六円

負担付贈与   金 二五〇、〇〇〇円

基礎控除    金 二〇〇、〇〇〇円

課税価格    金 四一四、六〇〇円

算出額税    金  六七、九二〇円

無申告加算税額 金  一三、四〇〇円

三、本件査審決定は、以下に述べる理由により適法である。

(一)  贈与の事実について

1、別紙目録(一)(二)(三)記載の不動産(以下本件不動産と呼ぶ)は、原告の父訴外山本三左エ門から原告に贈与されたものである。

原告は、終戦後より昭和三七年三月二七日訴外山本三左エ門の死亡時まで、本籍地である石川県鳳至郡穴水町字曽山への一九番地で、世帯主である父三左衛門と生計を一にして、農業に従事していた。本件不動産の所有権移転登記をした昭和三五年頃は、原告の父三左衛門の妻山本きの、長女山本ナヲ、三女山本スミ、四女山本さきおよび六女山本辰子はすでに死亡しており、二女苗加カヨおよび七女佐藤トミ子は、それぞれ他家に嫁いでいたから、五女である原告は父三左エ門を直接扶養する立場にあつた。

原告は看護婦として昭和一九年内地に帰郎するまでの間勤務して得た金員を父三左エ門に送金し、その金員と元来原告所有に属していた立木を売却して得た代金によつて他人の所有となつていた本件不動産を買い戻したのであるから当然原告の所有名義にすべきところ、当時父は誤つて自己又は母きの名義にしたものであると主張するが、原告の右送金が、生活費にあてられたものであるか或いはその送金や自己所有の立木の売却代金で、本件不動産が取得せられたものであるかどうか等、明らかな事実関係を見出すことができない実状からみて、本件不動産はその登記名義のとおり、父三左エ門の所有であつたものである。

さらに、原告は売買により本件不動産を取得したと主張する。成程、父三左エ門に支払つたという金一五万円については、売買契約公正証書があつて、売買により所有権移転がなされたようになつているが、父三左エ門と生計を一にするようになつて後、家庭内に紛争が生じ、その結果父三左エ門は原告の妹、亡辰子の子訴外山上岩吉をいわゆる唯一の相続人とすることにしたので、そうすると原告は相続人の地位が侵されるので、後日これに反対しその地位を回復するために、山上岩吉にその代償として金一〇万円を支払つたに過ぎず、父三左エ門に支払つた金一五万円については、原告は父三左エ門死亡の際の遺産分割を嫌い、その生存中に、父名義の財産を自己の所有とすることを意図して、農地については知事の許可を受け、また宅地、家屋及び山林については売買により取得した旨の登記をしたものである。

2、以上が本件審査決定にあたつて贈与であると認定した事実関係であるが、さらに、親族間における財産の名義変更があつた場合は、相続税法基本通達第六三条で、原則として贈与が行なわれたものとして取り扱うことを規定しており、従つてこの規定から財産の異動が売買を原因としている場合であつても、反証のないかぎり、贈与として扱つているのである。かりに、本件不動産が売買により取得したものであるとしても、原告は譲渡の時の時価より、著しく低い価額の対価で財産の譲渡をうけているのであるから、その財産の譲渡があつた時において、その対価と当該財産の対価(相続税評価額)との差額に相当する金額を、その財産の譲渡者である父三左エ門から譲渡を受けた原告が贈与により取得したものとみなすといういわゆる相続税法第七条に規定するみなす贈与に該当するものである。

(二)  贈与財産の価額について

本件不動産の贈与財産価額は金八二五、一八二円である。

1、贈与財産の価願については、相続税法は単に贈与の時における時価によると規定するのみで、特に具体的評価規定を設けていないため、税務官庁においては、不動産の評価のため、毎年不動産の売買実例や精通者の意見を参酌して、財産の種別毎に、それぞれの標準的な評価倍数を管出し、右倍数を不動産の賃貸価格に乗じて、不動産の時価を算出する方法を採用している。また立木の評価ついにては、林業地帯ごとに、樹種、樹令別に一町歩あたりの基準価願が定められているから、この基準価額に地理的、地味的条件、立木密度等により算出した一定の割合を乗じて計算している。

2、本件不動産の価額は、右の評価方法にしたがつて次のとおり計算したものである。

(イ)宅地の評価額 金六五、八八四円

(賃貸価格)(倍数) (評論額)

12円67銭×5200倍=65,884円

(ロ)家屋の評価願 金九五、四〇〇円

(賃貸価根)(倍数) (評価額)

53円×1800倍=95,400円

(ハ)田の評価額 金四〇九、四〇〇円

(賃貸価格の合計額)(倍数)(持分)(評価額)

267円×4600倍×1/3=409,400

(ニ)畑の評価額 金一一、八六一円

(賃貸価格の合計額)(倍数)(持分)(評価額)

5円56銭×6400倍×1/3=11,861円

(ホ)山林の評価額 金一四八、四一六円

(賃貸価格の合計額)(なわのび率加算)(倍数)(評価額)

7円73銭×(1+0.6)×12000=148,416円

(ヘ)立木の評価額 金九四、二二一円

表〈省略〉

(ト)合計額 金八二五、一八二円

3、審査決定では、原告の申立により、訴外山上岩吉への金一〇〇、〇〇〇円、同山本三左エ門への金一五〇、〇〇〇円の合計額金二五〇、〇〇〇円を負担付贈与として、取得財産の価額から控除しているが、その後の被告の調査によると負担付贈与の事実は認められないから取得財産の価額から控除しないことが正当である。

(三)本件審査決定は適法である。

1前述の計算により、原告の取得財産価額を計算すると、次の2とおり審査決定による価額を上回ることとなるから、取得財産の合計額金八二五、一八二円の範囲内で、原告の取得財産の合計額を金六一四、六三七円と認定した本件審査決定は適法である。

2正当な計算と審査決定による計算との対比は次のとおりである。

区分      正当な計算   審査決定の計算

取得財産の合計額金八二五、一八二円 金六一四、六三七円

(内訳)

宅地       六五、八八四円   六五、八八四円

家屋       九五、四〇〇円   九五、四〇〇円

田       四〇九、四〇〇円  四四八、二三九円

畑        一一、八六一円   一一、九六八円

山林      一四八、四一六円  一四八、九二〇円

立木       九四、二二一円   九四、二二六円

負担付贈与         〇   二五〇、〇〇〇円

基礎控除     二〇〇、〇〇〇円  一〇〇、〇〇〇円

差引課税価格   六二五、一〇〇円  四一四、六〇〇円

算出税額     一一六、二七〇円   六七、九二〇円

無申告加算税額   二三、二〇〇円   一三、四〇〇円

3無申告加算税について

被告金沢国税局長は、原告が本件贈与税について、申告書提出期限である昭和三六年二月末日まで(相続税法第二八条第一項)に申告書を提出せず、しかして期限内に申告書を提出しなかつたことについて正当な事由が認められないので相続税法第五三条第二項により無申告加算税額を決定したものである。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、当事者間に争いのない事実

被告輪島税務署長が明和三六年五月二六日、原告に対し、原告が昭和三五年度中に本件不動産の贈与を受け、その取得財産価額が合計金一四四八、三三一円であり、贈与税額金三一一、九〇〇円である旨賦課処分をなしたこと、原告は右贈与の事実がないという理由で被告輪島税務署長に再調査の申立をしたが棄却されたこと、原告はそこで前記決定に対し被告金沢国税局長に審査の請求をしたところ、同被告は昭和三七年五月二六日被告輪島税務署長のなした再調査決定を取消し、原告の贈与による取得財産価額を金六一四、六三七円とし、税額金六七、九二〇円とする旨決定し、その通知は同月二七日頃原告に到達したことは当事者間に争いがない。

二、そこで、本件不動産所有権移転の原因について按ずるに、成立に争いのない乙第一号証ないし第九号証、証人南彦作の証言の結果、及び本件弁論の全趣旨を総合すれば、原告と訴外亡山木三左エ門とは、父子の関係にあり、本件課税時には同一生計を喜んでいたこと、原告の他の姉妹は嫁にゆき他家にあり、訴外山本三左エ門の相続人としては、原告一人だけが同人と生計を営んでいたので、父の生存中、同人から本件不動産の贈与を受けたものであること、原告は父山本三左エ門死亡後遺産が他へ分散されることを嫌つて、同人の生存中、売買名義で別紙目録記載(一)(二)の不動産につき移転登記をし、別紙目録記載(三)の農地については、県知事に所有権移転の許可申請をしてこれを得ていたことを認めることができる。しかるに、原告は右認定の贈与の事実を争い、本件不動産は、元来原告の所有に属していたものであるが、仮に、そうでないとしても、父三左エ門の生前に同人から買受けて所有権を取得したものであつて、その際に、訴外山本三左エ門に金一五〇、〇〇〇円、訴外山上岩吉に金一〇〇、〇〇〇円を交付したと主張するので判断すると、まず、前段の主張は、これを肯認するに足る証拠は存在しないので採用するに由なく、後段の主張について、原告は、これを裏付ける証拠資料として、甲第一、二号証及び甲第四号証ないし第六号証を提出するのであるが、右甲第一、二号証中の私文書の部分及びその余の書証が真正に成立したものであることについて、何らの立証もしないし、弁論の全趣旨によつても、にわかにその成立を肯認することができないので、右各証拠を採用して判断の資料に供することは困難であり、他に本項前段の認定をくつがえし、原告の主張事実を認定するに足りる証拠はない。後段の主張もまた採用の限りではない。したがつて、被告金沢国税局長のなした金二五〇、〇〇〇円の負担付贈与を認めた本件審査決定の取消しを求める点は相当ではないといわなければならない。さらに、原告は別紙目録記載(三)の不動産については県知事の許可を得たのみで、所有権移転登記がなされていないから、課税の対象にならないと主張するが、名義の如何を問わず収益を享受する者に対して課税するのが租税法における実質主義の原則であるから(所得税法第三条の二参照)県知事による原告への所有権移転登記の許可を受けている以上、実質的には原告に所有権が移転し、収益を享受している者であると見るのが相当てあつて、原告の主張はあたらないものというべく、したがつて原告の右主張は理由がない。

贈与税課税価額そのものについては原告は明らかに争わないからこれを自白したものと看做し、そうすれは、正当な計算に基づく贈与による取得財産の合計額は金八二五、一八二円であり算出税出額は金一一六、二七〇円であつて、審査決定における取得財産価額及び算出税額はその範囲内であるから、結局において本件審査決定は適法であるからこれが取消を求める本訴請求は理由がないものといわねばならない。

被告輪島税務署長のなした課税価格額決定及び再調査決定は、本件審決決定により一部取消されその範囲で効力がなくなつたものというべくその他の部分については前記審査決定について判断したと同様取消すべき理由がないから、被告輪島税務署長に対する本訴請求はいづも理由がないといわねばならない。

よつて原告の本訴請求はいづれも理由がないからこれを棄却するのを相当と認め、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩崎善四郎 木村幸男 畠山芳治)

目録(一)乃至(三)〈省略〉

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